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守秘義務に反しないよう、受任事件とは関係ないことについて雑記するブログです。

責任制限条項は故意・重過失がある場合には適用されないとされた事例

東京地判平成26年1月23日

【事案の概要】

本件は,原告が,被告との間で,原告のウェブサイトにおける商品の受注システムの設計,保守等の委託契約を締結したところ,被告が製作したアプリケーションが脆弱であったことにより上記ウェブサイトで商品の注文をした顧客のクレジットカード情報が流失し,原告による顧客対応等が必要となったために損害を被ったと主張して,被告に対し,上記委託契約の債務不履行に基づき損害賠償金1億0913万5528円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年10月15日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

【判旨】

 原告は,被告に重過失がある場合には,本件基本契約29条2項は適用されないと主張するので検討する。
 本件基本契約29条2項は,ソフトウェア開発に関連して生じる損害額は多額に上るおそれがあることから,被告が原告に対して負うべき損害賠償金額を個別契約に定める契約金額の範囲内に制限したものと解され,被告はそれを前提として個別契約の金額を低額に設定することができ,原告が支払うべき料金を低額にするという機能があり,特に原告が顧客の個人情報の管理について被告に注意を求める場合には,本件基本契約17条所定の「対象情報」とすることで厳格な責任を負わせることができるのであるから,一定の合理性があるといえる。しかしながら,上記のような本件基本契約29条2項の趣旨等に鑑みても,被告(その従業員を含む。以下,この(2)項において同じ。)が,権利・法益侵害の結果について故意を有する場合や重過失がある場合(その結果についての予見が可能かつ容易であり,その結果の回避も可能かつ容易であるといった故意に準ずる場合)にまで同条項によって被告の損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の意思に合致しないというべきである(売買契約又は請負契約において担保責任の免除特約を定めても,売主又は請負人が悪意の場合には担保責任を免れることができない旨を定めた民法572条,640条参照。)。
 したがって,本件基本契約29条2項は,被告に故意又は重過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。

 本件基本契約には次のような責任制限条項が規定されていました。

第29条〔損害賠償〕
 乙が委託業務に関連して,乙又は乙の技術者の故意又は過失により,甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に損害を及ぼした時は,乙はその損害について,甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に対し賠償の責を負うものとする。(1項)
 前項の場合,乙は個別契約に定める契約金額の範囲内において損害賠償を支払うものとする。(2項)

このような責任制限条項を定めていても、ベンダ側に故意・重過失がある場合は責任制限条項は無効となるか適用されないと解釈されるのが支配的な見解です。

経済産業省のモデル取引・契約書のおいても、故意・重過失の場合は下記のように責任制限条項は適用されない旨を確認する規定が置かれています。

第10 条

ユーザ及びベンダは、本契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、法令に基づく損害賠償を請求することができる。但し、別紙重要事項説明書に請求期間が定められている場合は、法令に基づく請求期間にかかわらず重要事項説明書に定める期間の経過後は請求を行うことができない。
2) 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった業務に係る別紙重要事項説明書に定める損害賠償限度額を限度とする。
3)前項は、損害が損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づくものである場合には適用しないものとする。

仮に上記モデル取引・契約書第10条3項を削除しても、ベンダ側に故意・重過失が認められる場合には、責任制限条項の適用は認められないということになります。