名古屋の弁護士のブログ

守秘義務に反しないよう、受任事件とは関係ないことについて雑記するブログです。

労働者が能力を詐称し、賃金を増額させる言動が不法行為と認定された事例

東京地判平成27年6月2日(KPIソリューションズ事件)

労判1143号75頁

【事案の概要】

 本件本訴事件は、平成25年12月から本訴被告(反訴原告。以下単に「被告」という。)で稼働していたところ、経歴能力の詐称等を理由として平成26年4月25日限りで解雇された(以下「本件解雇」という。)本訴原告(反訴被告。以下単に「原告」)という。)が、本件解雇は解雇権の濫用として無効であると主張して、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める(第1の1(1))とともに、同年3月26日から同年4月15日までの期間分の未払賃金44万0805円及びこれに対する支払日の翌日である同月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め(第1の1(2))、さらには、本件解雇後3か月分の賃金合計180万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた(第1の1(3))事案である。
 一方、本件反訴事件は、被告が、原告は職歴、システムエンジニアとしての能力及び日本語の能力を詐称して被告を欺罔し被告を誤解させて雇用契約を締結させたものであり、これは詐欺に当たるところ、被告は原告に支払った賃金合計230万4885円のほか、原告に代わり業務を行う者の派遣を受けて支払った2か月分の派遣料合計244万2825円と原告に支払った2か月分の賃金120万円との差額124万2825円の損害を受けたと主張して、不法行為による損害賠償として前記230万4885円と124万2825円の合計354万7710円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成26年10月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(第1の2)事案である。

【判旨】

そもそも、雇用関係は、仕事の完成に対し報酬が支払われる請負関係とは異なり、労働者が使用者の指揮命令下において業務に従事し、この労働力の提供に対し使用者が賃金を支払うことを本質とするものであり、使用者は、個々の労働者の能力を適切に把握し、その適性等を勘案して労働力を適切に配置した上で、指揮命令等を通じて業務上の目標達成や労働者の能力向上を図るべき立場にある。そうすると、労働者が、その労働力の評価に直接関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲で申告を求められ、あるいは確認をされたのに対し、事実と異なる申告をして採用された場合には、使用者は、当該労働者を懲戒したり解雇したりすることがあり得るし、労働者が指揮命令等に従わない場合にも同様であるにしても、こういった労働者の言動が直ちに不法行為を構成し、当該労働者に支払われた賃金が全て不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのは相当ではない。また、使用者が業務上の目標とした仕事について労働者の能力不足の故に不測の支出を要した場合であっても、当該支出をもって不法行為による損害とするのは相当ではない。労働者が、前記のように申告を求められ、あるいは確認をされたのに対し、事実と異なる申告をするにとどまらず、より積極的に当該申告を前提に賃金の上乗せを求めたり何らかの支出を働きかけるなどした場合に、これが詐欺という違法な権利侵害として不法行為を構成するに至り、上乗せした賃金等が不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのが相当である。

能力を詐称して入社した従業員に対する損害賠償請求が認められた事例です。

使用者は職種を「システムエンジニア・プログラマー」、仕事の内容を「Linux,Apache,MySQL,PHP(以下「LAMP」)によるシステム開発業務」、給与を「40万円~60万円」として求人を出していました。

使用者はLAMPによるシステム開発能力及び十分な日本語能力を重視して求人をしていたところ、労働者は「LAMPによるシステム開発能力、日本語能力を有するとのアピールを繰り返し、当初提示額の月40万円から給与を上げることを求めていました。

ところが、実際には、労働者にはLAMPによるシステム開発能力、日本語能力が十分ではないことが雇用後発覚し、解雇となります。

本件は解雇を有効とし、さらに、能力の詐称により賃金を増額をさせる行為は詐欺だとして、使用者から労働者に対する損害賠償請求を一部(賃金の増額分相当額)認容しました。

もっとも本判決は「こういった労働者の言動(労働力の評価に関わる事項の虚偽申告等)が直ちに不法行為を構成し、当該労働者に支払われた賃金が全て不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのは相当ではない。また、使用者が業務上の目標とした仕事について労働者の能力不足の故に不測の支出を要した場合であっても、当該支出をもって不法行為による損害とするのは相当ではない。」との考えを前提としており、単に労働者の申告が虚偽であっただけでは、損害賠償請求までは認められない可能性が高いと考えられます。

本件では、虚偽申告を前提に、さらに賃金の上乗せを求める等、使用者の支出を働きかける積極的な行為が労働者からあったため、損害賠償が一部認容されたものと考えられます。